完全ミュージカル仕立てで大きな反響を呼んだ「グレイテストショーマン」。
世界トップクラスのパフォーマーが集結した本作は、本場のミュージカル顔負けの完成度の高い作品として評価されています。
ここでは本作の音楽とダンスの魅力はもちろん、脚本にこめられたメッセージについても迫っていきたいと思います。
奇想天外な興行師、バーナムを描いた作品
19世紀に実際に活躍した興行師、バーナムの成功を映画にした「グレイテストショーマン」。
本作の魅力は、音楽とダンスにあります。世界各国からパフォーマーが集められ、レベルの高いミュージカルを演出しています。
台詞が一切ない完全ミュージカル形式によって、バーナムのサクセスストーリーを描いた本作。
不遇な少年時代を経たバーナムが、家族のために「個性的な人」を集めて見世物にするショーを始め、商業的に成功していく様子が描かれた作品です。
この「個性的な人」というのが、人種的に差別されていたり、外見や障がいによって迫害されていたりする人びとでした。
そんな彼らと共にに成功していくなかで、バーナムと彼らの間に生まれた絆。そして、バーナムのショーを「下品」として批判する人びととの関係性がこの物語の見所となっています。
世界トップレベルのパフォーマーが集結
本作の一番の見所は、映画全体で繰り広げられる歌とダンスにあります。
本作では台詞は一切なく、全てミュージカル形式で物語が進みます。
実はこうしたミュージカル映画は「グレイテストショーマン」が初めて。しかし、本場のミュージカル顔負けのパフォーマンスによって、映画の冒頭から観客を引き込みます。
7年という長い年月をかけて制作された本作では、主役のバーナムだけでなく、脇役のキャストのダンスも魅力的なものとなっています。
たとえば、日本人ダンサーの小森悠冊は、劇中でチャンという結合性双生児の役を演じています。
チャンは、生まれつき弟のエンと胸部と腹部が結合している双子。そんなダンスには不向きな役でありながら、ショーのシーンではダンスだけではなく、バック転まで行なっています。
他にも、個性あふれる外見のパフォーマーが様々なダンスを繰り広げており、その様子に注目してみるのも本作の楽しみ方のひとつです。
差別について深く描いた作品
ミュージカル映画としての評価がある一方で、脚本には賛否両論がある「グレイテストショーマン」。
それは、本作が差別という問題について迫っているからかもしれません。
主人公バーナムがショーに出したのは、人種・外見・障がいなど様々な理由によって、社会から差別されていた人びとでした。
そんな彼らのショーは、商業的に成功しながらも、決して差別から逃れられない運命にあります。
作中では、上流階級の男性とショーに出演している女性の恋や、ショーを止めさせようと殴りこみにくる人びとの様子によって、その根強い差別が描かれています。
この差別という問題は、バーナムとショーの出演者たちの絆にも亀裂を走らせるものとなります。
バーナムがヨーロッパで人気のあるオペラ歌手のショーを手がけ、成功したときにその亀裂は決定的なものとなるのです。
バーナムはオペラ歌手のショーから、他のショーの出演者を追い出して関らないようにするのです。
追い出された出演者たちは、バーナムの行為に傷つき、そして失望します。しかし、彼らはそこで屈することなく、再び自分たちの踊るショーへと戻っていくのです。
バーナムによって傷つけられた出演者たちが、自分の境遇を卑下することなく「これが私だ」と前を見て歌うたシーンは、涙なくしては見られないものです。
ここに、本作が描こうとした差別に対する批判と、それに抗しようとする人びとへのエールが込められているように感じます。
また、このシーンでメインボーカルを演じていたキアラ・セトルが、自分の境遇に重ねてこのシーンを演じていたという話もあります。
自分に自身のなかったキアラが、自分の思いをこめて歌ったという裏話を思い浮かべながら見るのもお勧めです。
最後に
ミュージカル映画の真骨頂とも言える「グレイテストショーマン」。
観客を一気に作品の世界観に引き込む音楽とダンスや、映画独特のカメラワークで描かれる様子は圧巻。物語も、バーナムのサクセスストーリーが描かれているので、鑑賞後はすっきりとした気持ちになれます。
昨今、世界各国で見られる人種差別(レイシズム)に対する批判的なメッセージを読み取れる本作。
そんな問題意識がありながらも、ミュージカルとしての高いパフォーマーンスと音楽を、純粋に楽しめるのが本作の魅力です。
「グレイテストショーマン」はこちらでCheck!
こんな記事もおすすめ
映画「グレイテスト・ショーマン」の制作の裏側!豪華すぎる制作メンバーで圧倒