【批評】「運び屋」と「アメリカン・スナイパー」は”人間”を両端から描いている


ハリウッドで俳優としても監督としても長年活躍し、特に21世紀に入ってからは数々の名作を作り出してきたことで知られるクリント・イーストウッド。

彼の作品の中でも、アカデミー賞にもノミネートされた「アメリカン・スナイパー」と、自身が主演した「運び屋」は、近年の傑作として大きな話題を集めました。

この2作品は、彼の映画でよくテーマになる「人間」という存在そのものを両端から描いているように思えます

英雄の暗い一面を描いた「アメリカン・スナイパー」

実在のアメリカ軍狙撃手の半生を描く

実在のアメリカ軍の狙撃手クリス・カイルを描いた「アメリカン・スナイパー」は、戦争映画でありながら、一人の人間の内面を徹底的に描き上げたヒューマンドラマでもある作品です。

戦闘シーンはアクション的な魅力よりも「戦場」という残酷な世界の空気感を見せるために描かれ、思わず目を逸らしたくなるショッキングな描写も合わさって、観客に衝撃をあたえました。

また、クリスが渡り歩くそんな戦場と、休暇中に過ごす「平和なアメリカ」のシーンが交互に描かれるのも特徴で、あまりにも違う2つの世界の風景が観客にクリスと同じ混乱を感じさせます。

「英雄」という評価の裏にある葛藤

優れたスナイパーであるクリスは戦争の英雄として称賛され、尊敬を集めますが、一方で残酷な戦場と平和なアメリカを行き来する生活に精神を蝕まれ、PTSDに苦しめられます。

この「英雄の心を蝕む暗い葛藤」こそが、この作品のテーマでしょう。

世論では「アメリカン・スナイパーは戦争賛美映画か、それとも反戦映画か」という点で論争が起こりましたが、この作品の本質はそこではなく「英雄視される人間も悩み、葛藤し、暗い一面を持つ」というヒューマンドラマ的なテーマにあるのではないでしょうか。

簡単に善悪で二分できない世界の中で苦しめられる人間性こそが、イーストウッドの描きたいものなんだと思わされます。

悪人の人間味を描いた「運び屋」

カルテルの運び屋になった老人の生き様を描く

クリント・イーストウッド自身が主演を務めた「運び屋」は、80歳を超えて麻薬カルテルの荷物運び屋になった男の数奇な日々を描いています。

これほど突拍子もない物語が、実在の老人犯罪者を描いたものだというから驚きです。

主人公アールが「麻薬の運び屋」という立場でありながら淡々と仕事をこなし、カルテルの下っ端たちと奇妙な友人関係を築き、一方で妻や娘とのすれ違いに傷つき悩むストーリーは、奇妙なヒューマンドラマを作り上げています。

悪人であり「夫」「父親」でもある

アールは間違いなく犯罪に加担した悪人であるわけですが、ユーモアたっぷりに振る舞い、深い言葉で人生を語る彼の言動を見ていると、とても魅力的な人物に思えてしまいます。

彼のペースに巻き込まれたら極悪人であるカルテルの構成員ですら人間味が感じられて、彼を追うFBI捜査官さえも(仕事は別として)個人としてはアールという人間に好感を持ち、魅力を感じているように描かれました。

また、アールが長年仕事にのめり込んで妻とすれ違い、娘との触れ合いをないがしろにしたことを悩む様には悪人としての影はなく、ただの「夫」「父親」でしかありません。

そこには「悪人の中にある人間味」が鮮やかに描かれていて「英雄の暗い一面」を描いた「アメリカン・スナイパー」とはまさに対極にあります。

対極にありながらも「人間」を徹底的に奥深く作風は共通していて、善悪で二分できない世界における人間性を描く、という点では同じテーマを持っていると言えます。

最後に

対極の視点を持ちながら、その根本では「人間」という複雑な存在に共通のフォーカスを当てている「アメリカン・スナイパー」と「運び屋」。

それぞれ全く違う雰囲気を持った作品だからこそ、この2作を観て並べることで、奥深い人間性がうかがえる気がします。

これほどの説得力を生み出せるからこそ、クリント・イーストウッドの作品は傑作と評されるのではないでしょうか。