独自資本によって、これまでの映画界の常識にとらわれない異色作を数多く生み出してきたNetflix。
そして、邦画界きっての個性派監督として独自の世界観を描き出してきた監督・園子温。
このタッグによって生み出された映画「愛なき森で叫べ」は、異常ともいえる熱量で人間の残酷さをまざまざと描き出した極限のヒューマンドラマです。
観た人の記憶に刻み込まれる衝撃の怪作として世界に向けて公開された、この作品を評していきます。
不条理な演出と狂気の人物描写が衝撃を生む異色作
謎の詐欺師・村田丈の暴走と彼に心を侵される人々
「愛なき森で叫べ」の中心人物は、謎の詐欺師・村田丈。
映画や演技を愛する若者たちのグループに彼が近づいていき、若者たちやその家族すら巻き込みながら暴走していく様が描かれます。
先の読めない展開、「園子温ワールド」とでも呼ぶべき現実離れした非日常的な演出、そしてキャストの鬼気迫る演技が合わさって、作品から生み出される空気はいい意味で「狂いきって」います。
人間的な心があるとは思えない村田丈の狂気の暴走はもちろん、彼に心の中を侵され、正気を失ったように異様な言動を見せていく登場人物たちの変化も衝撃のポイントです。
実際に起こった事件を原案にした壮絶な群像劇
この世の地獄のようなストーリーがくり広げられる「愛なき森で叫べ」ですが、その原案に「実際に起こった事件」があるというから驚きです。
原案となったのは2002年に起こった「北九州監禁殺人事件」で、一人の男によって一家が丸ごと洗脳・支配され、身内同士で傷つけ合った結果、最終的に7人が犠牲になったという日本の犯罪史に残る恐ろしい事件として知られています。
「愛なき森で叫べ」のテーマ「詐欺師の男による洗脳」という部分はもちろん、後半で尾沢家が丸ごと村田の支配下に入る展開などは、まさに北九州監禁殺人事件を連想させますね。
村田丈の言動や表情のひとつひとつが観客の心を蝕むほどの恐ろしさを帯びていますが、こんな暴走が現実の世界でくり広げられた、というのは衝撃的です。
「園子温ワールド」を作り上げるキャストの怪演が記憶に刻まれる
椎名桔平が見せる圧倒的な「人間の恐ろしさ」
「愛なき森で叫べ」の狂気の世界を支えるのは、キャストたちの圧倒的な怪演です。
なかでも特に印象的なのはやっぱり、村田丈を演じた主演の椎名桔平でしょう。
そのキャラクターは一見すると親しみやすくコミカルで、最初の登場時などは思わず笑ってしまいます。
うさん臭くはありますが、「調子のいいキザな男」という、ある意味で好印象すら感じさせます。
ですが、そこから徐々に現れる本性に触れると、画面越しですら恐怖で鳥肌が立つほどです。
感情があるとは思えない、同じ人間とは思えない残酷な立ち振る舞いや、見るに堪えない暴力・暴言を笑顔でくり広げる様は、「ここまで人間は残酷になれるのか」という人間の恐ろしさをこれでもかと感じさせてくれます。
若手キャストたちの体当たりの狂演が迫りくる
椎名桔平に心を侵されていく若者たちのキャストも見どころです。
特に、村田に心酔していく青年シンを演じた満島真之介、村田の奴隷と化していく美津子を演じた鎌滝えりの2人の体当たりの演技は必見でしょう。
静かに狂っていくシン、直視できないほど異様な表情や言動に溺れていく美津子の変化は、人間の理性なんて簡単に崩壊していく、ということを生々しく見せつけます。
さらに、物語の終盤15分で巻き起こる怒涛の展開は本作で最もインパクトのある部分で、主演の椎名桔平すら食うほどの狂演がくり広げられて、圧巻されます。
最後に
Netflixオリジナル作品の中でも、一際異彩を放つ作品となった「愛なき森で叫べ」。
どこまでも残酷でショッキングで狂っていて、恐怖が一周まわって、何かの悪い冗談かと思えるようなブラックユーモアすら感じさせます。
グロテスクな描写も多く、誰もが楽しめるとは間違っても言えない過激な作品ですが、一見の価値ありの意欲作と言えるでしょう。